市指定重要有形文化財(平成2年10月16日指定)

説明

戦国時代に平田弾正尚範(ひらただんじょうなおのり)が出した手紙。

南山(南会津地方)の反乱を鎮圧する時の援軍に対する感謝と、同盟を継続する意思等などを伝えた内容である。
永禄11年に出されたものと考えられる。

所在

郡山市西田町三町目
管理者 個人

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戦国時代の、縦31㎝、横35㎝の用紙に記された書状で、現在は軸装されている。
差出人の「平弾 尚範(花押)」は、会津の芦名(あしな)氏の四天王の一人と数えられた平田弾正尚範(ひらただんじょうなおのり)
宛所に「石沢平三殿 御宿所」と見えるのは、移川流域の石沢舘(船引町石沢)か、三春城下の宿所をいうものと思われる。

田村隆顕(たかあき)死去の危機に田村家中が結束を誓ったものかと思われる1587(天正15)年の血判書に石沢平十郎の名が見え(田母神旧記)、『伊達世臣家譜』の中の「石沢家譜」には「田村家累世之臣也」と記されている。

書状は、南山(南会津地方)の反乱鎮圧の時の援軍に対する謝意と同盟継続の意思を伝え、来たるべき安積郡出陣の際の葦名盛氏と田村隆顕の面談の取りなしを依頼している。

年は欠けているが、1568(永禄11)年のものと考えられ、安積郡をめぐって戦国大名達の合従連衡の様子を解明する貴重な文書である。
所蔵者は、南北朝時代の史料に登場する穴沢氏の後裔と伝えられている。

参考文献

『郡山市の文化財』   
監修 郡山市文化財保護審議会
発行 平成13年3月
編集  郡山市教育委員会文化課

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